えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

AKB握手会襲撃事件

AKBの握手会で不審者がAKBメンバーにノコギリで斬りつける事件が発生し、アイドル業界の握手会商売についてさまざまな意見が出ております。


まず私はこの件に関してメンバーの気持ちに寄り添った発言はできません。なぜなら、私はメンバーが握手会をどう思っているのか −−喜んでいるのか、嫌がっているのか −− に確信が持てないからです。そしてヲタの気持ちに寄り添った発言もできないでしょう。なぜなら私は個別握手にはほとんど参加していませんし、かと言って「今すぐ止めろ」とも思っていないからです。もちろん「メンバーが心配。メンバーを不安にさせたくない」という気持ちは共有していますが、それはもう大前提ですしね。だからあまり有意義な言葉は吐けないのです。



でもね、そんな私からもこれだけは言えると思うんです。アイドルとファンとが作り上げてきた関係や制度が/そこにあったであろう信頼が/一つの文化形態であり世界が、たった一人のキチガイの凶行によってすべて否定され、閉ざされるという事があっていいのかと。握手商売にさまざまな問題があるのは皆さんご承知のことと思います。だけど、それらの問題はアイドルと運営とユーザー…つまりは「我々」の側が自発的に考え、答えを出すべき問題です。こういう部外者の凶行によって握手会が中止に追い込まれるのであれば、それは我々の世界が理不尽に屈する事になるのではないかと思えるのです。もちろんメンバーの安全が第一ですが、キチガイが出る度に一つの世界や文化形態が損なわれる世の中であっていいのかという憤りを感じるのです。そしてその理不尽を後押しするような感情論にも戸惑いを感じます。


私がよく例えに出す『Papa told me』という漫画の中で、父親と幼い娘との会話でこんなのがあります。


「夜遅くに出歩いてはいけないよ」
「わかってる。悪い人が出るからって言うんでしょう?」
「そうだ」
「でもどうして悪い人には夜に出歩く自由があって、私にはないの?」
「………」




そりゃ私だって「じゃあハロプロメンバーが襲われてもいいんだな」と言われれば何も言い返せませんよ。でもそれじゃあ次にコンサート会場で事件が起きたら今度はコンサートを禁止にするのか。そうやって理不尽と遭遇する度にこの世界が一つまた一つと自由を放棄していく事が本当に正義に適うのか。


リスクを減らす努力は当然必要でしょう。でもどれだけ警備を強化してもリスクをゼロにはできません。そしてどれだけわずかなリスクであってもゼロでない限り許容できないという感情論に従うのなら、自由を後退させ続け、一つの世界を閉ざすしかありません。でも本当にそれでいいのか。私には アイドル本人を含む「我々」がどこかで立ち止まり、理不尽を押し留める必要があるように思えるのです。


※)もちろんリスクを引き受ける当事者であるアイドル本人が「不安だから嫌だ」と言うのであれば、ヲタや運営が何と言おうと止めるべきだとは思いますが。


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