読了
『百瀬、こっちを向いて』 (中田永一:祥伝社文庫)
4編の短編を収めた恋愛小説集。主人公たちはみな思春期特有のナイーブさから、「自分なんか…」と過剰に自己を卑下する傾向にある。本書で特に良かったのは、こうした主人公たちが一歩を踏み出す背景として描かれている同性の友人との関係性。
世界が2人の関係の中に閉じてしまうような恋愛小説だと、主人公の自己肯定は恋愛相手に依存してしまう。だけど恋愛はあまりに不安定で不確定なものなので、そこを相手に依存すると、二人の関係性が崩れた時に主人公はまた自己否定の世界に戻ってしまうんじゃないかって思える。それは決して恋愛の健全な姿ではないと思う。
そこが本書では迷っている時に背中を押してくれたり、辛い時にそばにいてくれたりする友人たちとの関係性の中から、主人公が一歩を踏み出すのだ。だから、例えば好きな相手に告白して結果として断られたとしても、その前向きに踏み出せたこと自体で、何かが明るい方向に変わって行けるんだろうなって感じることができる。極甘の恋愛小説でもあるが、自己否定を振り払って恋愛に踏み出せるようになる過程を描く少年・少女の成長物語でもある。その健全さが、誰もが思い当たる節があって恥ずかしくなるような思春期の瑞々しい逡巡の中に鮮やかに描かれる。
↑思ったけどこれって『君に届け』もそうだよね。恋愛要素以前に、友人関係の確立があるってあたり
『そんななずない』 (朝倉かすみ:角川文庫)
「……大丈夫だよ」
鳩子は答えた。大丈夫ということばは、大丈夫ではない状況のときに用いられるものかもしれない。
「なら、いいけどさ」
塔子は「そうだよ、大丈夫だよ」というのをあきらかに躊躇っていた。大丈夫の「だ」をいうところからして逡巡しているのが見てとれた。「ほんとうに大丈夫?」と、訊ねるのも遠慮しているようだ。鳩子を見ずに薄い腰をのっつそっつしている。
「大丈夫だって」
鳩子は笑って「大丈夫」を上乗せした。ころもの厚い海老天の絵が浮かぶ。
朝倉かすみはなにげない状況や心情の描写で使用される語彙が独特で面白い。しかも「独特」なのを狙った感じはせず、自然に頭に入ってくる。だから物語の筋とは関係なく、どこを読んでも面白い。