えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

センターステージ

BEST of JAPAN』ではある程度許容できたセンターステージがなぜ今回は受け入れられないか。『BEST〜』は文字通りこれまでの楽曲からのベスト版的チョイスだったので、ワタシたちはたいてい一度はそのパフォーマンスの全容を目にしています。一方角から見られるのが歌の1/4に過ぎないとしても、全容を理解しているものの1/4であるから、想像力で残りを補って楽しむことができた。



しかし、例えば最初で最後となる10人での『Ambitious!』、初披露となる『笑っちゃおうよBOY FREIEND』、イベントに通うコアなファン以外は見たことがない『大きな愛でもてなして』など、ハロコンでは観客が全容を把握していない曲が多過ぎるんです。


そもそもハロコンはそれぞれのユニットのファンが集まっており、よほどのDDでない限り、自然と自分の好きなユニット以外のパフォーマンスは初めて見ることになります。で、初めて見たパフォーマンスが、全時間の1/4しか見えない状態で、歌やユニットの魅力が十分に伝わるかという話。もちろんそれでも「きっと良いだろう」と思えるものはあったんだけど、その100%を堪能できたかと言われると、やっぱり違うなと。


特に新興の℃-uteBerryz工房なんかは、まだまだこれからハロプロファンという母体の中でファンを増やしていかなければならないわけじゃないですか。言ってしまえばハロコンは新規顧客を開拓すべきアウェイの場だとも言えるわけです。


つまり今回のように、歌パフォーマンスを通してキチンと見ることができないセンターステージ構成は、そもそもハロプロコンサートの意味合いとは両立しないのです。少なくとも各ユニットが持ち歌を披露する上では。


逆に言えば、既に客が全容を把握している可能性が高い演目、今回で言えば『All for〜』とか定番の『ピリリで行こう』とかは、センターステージ構成を活かした全体攻撃は有効であったと思います。


つまりは演目が持つ意味合いに合わせた見せ方が大切なんじゃないかなと。