えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

眠れる森のビヨ:ヒマリ考

 

■ヒマリのこと

当初私はすべてはヒカルの心の中の話で、ツムギとヒマリはそれぞれヒカルの眠り続けたいという願望と現実を生きようという意志が具現化したものだと考えていました。しかしそれでは辻褄が合わないことがあり、考えを改めることにしたのです。その決定打は劇中でのヒマリの制服の変化でした。

 

■ヒマリの制服はなぜ青なのか

崋山高校の制服は赤、青、緑のローテーションで学園ごとに制服の色が変わっていることが見てとれます。夢の中のヒマリはヒカルたちと同じ青い制服を着ていますが、終盤で登場する現実世界のヒマリの制服は赤。ヒマリはヒカルの5歳年下ですから、実際現実でのヒマリの制服が赤であることはファンに指摘されていました。ではなぜ夢の中のヒマリは青だったのか。わざわざ着替えさせているのですから、そこには必ず演出側の意図があるはずです。

 

 

■制服から読み解くヒマリの主体

ヒマリが何者なのかについては劇中のセリフで端的に答えが語られています。

「君は一体何者なんだ?」

「私は願いなの」

問題はこれが誰の"願い"なのかということです。

 

まず仮に夢の中のヒマリがヒカルの意識の産物であるとしたら、ヒマリがヒカルの同級生になっている理由が見当たりません。ヒカルから見たヒマリは5歳年下の小学生であり、ヒマリのことをツムギに話した際の様子から考えても、あくまでも「妹のように可愛がっている近所の子」以上の特別な感情は描写されていません。ヒカルの側に「ヒマリに同い年になって欲しい」という"願い"は見い出せないのです。

 

対してヒマリはどうか? ヒカルと片時も離れたくなかった幼いヒマリにとって、同じ制服を着たヒカルの同級生になって学校に一緒に行きたという願望はごく自然なものです。ですから、やはりヒマリが語る「私は願いなの」の"願い"の主体はヒマリであり、彼女はヒカルとは別の主体的人格としてこの夢の世界に介入していると考えられます。そもそもツムギも言ってましたからね。「君はこの世界の人間じゃないでしょ」と。あくまでヒマリは夢の世界への外からの侵入者なのです。

 

 

■ヒマリの行動の矛盾

ヒマリは当初ヒカルが脚本を書くのを応援し、「青春を楽しもう」と背中を押しているので、彼を夢から覚まそうとする後半の行動と矛盾しているようにも思えます。ここからは推測ですが、おそらく彼女が願いの力でヒカルの意識に介入した際に、「夢から覚めて欲しい」という願いの他に、「ヒカルの同級生としての青春を謳歌したい」という潜在的な願望まで反映されてしまったのでしょう。だから最初は記憶や意識が混乱している。しかし少しずつ本来の目的と記憶を取り戻し、行動をシフトしていったのではないでしょうか。

 

また、ピッピッと心電図のような電子音が鳴っているシーンのヒマリは、おそらくは現実のヒカルの病室のベッドサイドでのモノローグ(の記憶)と思われます。

 

ヒマリの感情線が一貫してないように見えるのは、このように本来の意識を取り戻してゆくのと、現実の呟きが混ざるから。そういう解釈に落ち着きました。

 

 

■現実のヒマリは別人格?

そして最後のシーンの赤いスカートをはいた現実のヒマリは夢の中のヒマリとまた少し態度が違います。当初はこれが夢のヒマリと現実のヒマリが別人格であることによるものに思えていたのですが、よく考えれば夢の中のヒカルの態度は同級生に対するもので、現実シーンでは5歳年上の相手(しかも自分のせいで事故に合ったという罪悪感もある相手)に対するものはわけですから、それが同じではないのははむしろ自然ですね。

 

また「現実世界のヒマリは事故の原因が自分だと知る由はない」という意見も見たのですが、あれほどの事故だと相当詳しく報道され、いろんな憶測が飛び交うと思うので、ヒマリの中には「もしかしたら自分のせいで・・・」という疑念はあったと考えています。いくら好きだったからと言って、5年間病室に毎日通い詰めるほどヒカルのことを気にかけたのは、自分のせいだという罪の意識があったからなんじゃないかと。

 

ちなみに当初私は、ヒカルが演劇部を失った一方でその原因ともなったヒマリが劇部に入っていることには相当に違和感・・・というか「そりゃないよ」という拒絶感がありました。だけど、ヒマリがヒカルの夢に介入するためには、ヒカルの精神に同調しやすいように、「同い年」、「演劇部」といったヒカルと共通する条件をそろえる必要があり、それをヒマリは無意識に察していたとすれば、(やや無理やりですが)納得はしやすくなります。ヒマリが夢に介入できずに5年が過ぎたことにも、「条件がそろわなかったから」という理由付けが一応できますしね。

 

 

■難解・複雑なヒマリ像

これまで述べたように、ヒマリというのは場面場面で行動原理が微妙に異なるため、演技の積み重ねではなく、結構その場その場のテンションと感情演技だけで説得力を出さないといけない難しい役所だと思います(しかもそれぞれの感情でソロ歌唱がある)。そして何より孤独な役どころでもあります。他の10人とは敵対関係にあると言っていいわけですし、観客から嫌われる可能性だってある。

 

それを見事に演じ切った島倉りかさん。主演の平井美葉さんの熱演の素晴らしさは言わずもがなですが、この作品世界全体や物語の構成に対する島倉りかさんの貢献もそれと劣らないほど大きいものであったと感じました。