えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

機動戦士ガンダム 0080 ポケットの中の戦争

 

OVA作品である『機動戦士ガンダム 0080 ポケットの中の戦争』が24時間限定でYouTubeガンダムチャンネルで無料配信されていますね。

 

 

---<以降結末のネタバレを含みます>---

 

 

この作品の中ではこれまでのアニメ作品では例を見ないほど登場人物たちに多くの嘘をつかせています。もともとアニメという表現には「本来は動かない絵を動いているように見せる」という嘘が根源的に含まれているため、さらにその上で「嘘をついた」ことを表現するのは、作画的にも演技的にも難易度は高い。そこにあえて挑んでいるのには、もちろん作劇上の意味があります。

(ちなみにEDの歌い出しは「嘘をついた夜には~」であることからも、嘘がテーマの主題に据えられていることが見て取れます)

 

 

■アルの嘘

小学生のアルは警察を動かすためであったり、連邦兵士の目を誤魔化すために度々嘘をつきます。またクリスに対してもバーニィが義理のお兄さんであると紹介するなど嘘をついています。現実的な力を持たない子供のアルにとっては嘘をついて周囲を操作することは唯一行使できる力なのです。


■隊長の嘘

サイクロプス隊の隊長はどうでしょう? 隊長は潜入任務に際して入国管理局では哀れな町工場の社長を演じ、アルに対しては人の良い上司のフリを演じて盗聴器を仕掛けます。それはもう見事に。彼にとっては「任務」こそが優先すべきもので、そのためには自身のプライドや倫理などは取るに足らないものだからです。


バーニィの嘘

ではバーニィは? バーニィがアルに対して叩く、「あと1機でエースだった」とか「ガンダムだって楽勝!」といった類の大口は、「役立たずの新兵」という部隊での自分の現状に対する鬱屈の裏返しであり、何の効果も生み出さない逃避と虚栄です。それは端から見ていて語るそばからボロが出るような拙いものでした。


■嘘をつかない人物

ここで勘の良い人は気づいたでしょうが、この話の主要人物においてただ一人 嘘をつかない人物がいます。クリスです。彼女は「軍人なの?」と聞かれて「データを取る仕事よ。銃を持って戦うわけじゃない」と答えていますし、ガンダムでの戦闘後の警察からの事情聴取で機密に関する質問を受けて「お答えできません」を連呼しますが、決して嘘はつかない。小学生のアルから「どうして戦うの?」と難しい質問をされても、適当に誤魔化すことなく、真摯に言葉を尽くして答えています。彼女はお隣に住む優しいお姉さんであり、気弱な青年に好意を抱いて接してくれる魅力的な女性であり、しかもなんとガンダムパイロットです。 そう、つまり彼女は存在そのものが「男性の願望」という嘘なのです。

 

 

アル、バーニィ、隊長の三者はもちろん少年・青年・壮年の対比であり、どの段階になっても男は完全たり得ず、それぞれの立場から嘘をつかねばならない。存在そのものが嘘であるが故に自らは嘘をつく必要がないクリス(女性)との対比からそのことが鮮やかに描かれています。

 

 

■物語は後半へ

そして第5話「嘘だと言ってよ、バーニィ」において、ガンダムを倒さないと町が核攻撃される」という終局へ向けたお膳立てが完成します。バーニィにとっては仲間がみな死亡し、残されたのは自分だけ。かつての逃避を状況が許さなくなった時、彼は「ガンダムだって倒せる」という自らついた嘘を現実のものにしようと決意します。


そして「楽勝!」といつかと同じ嘘をバーニィはアルに語ります。しかしそれはかつての大口ではなく、自分が死ぬことを半ば悟ったバーニィによるアルを気遣う優しさでした。今際の際の隊長に対する「ガンダムはミーシャが破壊した」という嘘も同様に他人のための嘘です(そしてこの時に「嘘が下手だな」と指摘され、アルに対してより上手く嘘をついている)

 

そしてラストシーンにおいてアルも地球への赴任を告げるクリスに「バーニィも淋しがるよ」という嘘をつきます。これまで自分のためだけに嘘をついていたアル少年が、バーニィを殺してしまった当の本人を思いやって嘘をつくのです。

 

それぞれのキャラクターが嘘をつく理由については前述しましたが、この通り終盤においてそれがそれぞれ変質しているのがわかりますね。キャラクターたちに同じく嘘をつかせながら、嘘をつく理由の変質を描くことによって、それぞれの心情の変化や成長を浮き彫りにしているのです。しかしそれが成長とは言え、これまで自分のためだけに嘘をついてきたアルが、バーニィを殺した当の相手を気遣って嘘をつく場面はあまりにも切なく胸に刺さります。