えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

道重さゆみのアガペー

ビジネスパーソンとしての意識と志しの高さ。自分が思うアイドルとしてあるべき姿を追及し、それを10年以上も貫き通した求道者的姿勢。自分が一番というブレない自己愛と自己犠牲も厭わないグループへの献身という矛盾する二つの要素を両立させていた奇蹟 etc…。道重さゆみという人が多くの人にとってスペシャルである理由はいくつも挙げられますが、中でも唯一無二と思えるのが、ヲタを理解しているという点ではないでしょうか。


「さゆが好き過ぎてどうしたらいいかわかんねぇ…」という牛丼屋のエピソードにもあるように、ヲタの純心とその涙は何よりも美しいものです。しかし一方で同じヲタがあっさり若い子に流れたりもします。またタンポポ畑のように純粋にメンバーを想って心を一つにすることもあれば、誰かが特別扱いされれば強い不満を持つのもヲタというもの。そして複数買いは応援対象への涙ぐましい献身である一方で愚かしい散財でもあったりします。


道重さんはそんなアイドルヲタたちの美しさも、醜さも、愚かさも、すべてを知った上でヲタを受け入れくれていました。そう、あんなに「俺達のことを理解してくれている」と思わせてくれた人はいません。しかもありのままの姿を理解した上で、ファンがそこにいることに感謝さえしてくれていたのです。


(そのあたりはフクちゃんや若いメンバーは、ファンの献身については実感しているだろうし、感謝もしてくれているだろうけど、その醜さや愚かさについてはまだあまり知らないだろうし、また知らないでいて欲しいとも思う)




高齢のアイドルヲタは悲しい。


だって「若い子に群がるおっさん」というのは、どうしたってそれだけで気持ち悪いものだし、自分たちだってそれはアイドルヲタとしての拭い難い「原罪」として自覚しているもの。


だからこそ、そのアイドル本人から「存在を許容される」というのは最大の歓びであり、赦しであると思うのです。そして多くの宗教のベースにそれがあるように、自分に赦しを与えてくれた相手への感謝というものは決して滅びません。


その関係は尊い。神と神の子のそれのように。