えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

読了


『リアル・シンデレラ』 姫野カオルコ・光文社)
寓話・シンデレラにおいて、主人公であるシンデレラと、彼女をいじめる継母や姉は実は同じ価値観を共有している。すなわち、より裕福となること、よりステイタスを得ることを幸福の指標としている。同じ土俵であるが故にそこに勝負が成立し、勝敗が決する。敗者をより惨めに描くほど、勝者の逆転劇はより鮮明に際立つ。改めて指摘されれば、現在の多くの物語もこの構造から逃れてはいないことに気付かされる。


ところが本書の場合、ヒロインとその周囲の人間は価値観を共有していない。両者はねじれ関係にあり、よって片方が勝者となっても、片方が敗者であるということにはならない。読んでいるとこのヒロインが幸せであると感じるかどうかという問いが常に発せられている気がし、それを検討する過程で、自分の価値観と客観的に対面することに誘導されてしまう。そしてそれを揺さぶられる。


加えて興味深いのはこのヒロインの外見に対する評価までが、彼女を見る作中人物の価値観によって大きく異なるということだ。ヒロインはある価値観の人々からは地味と評価され、もう一方の価値観群からは「泉のように魅力が溢れ出す美人」と評価される。ルックスの美醜は恋愛市場にいる女性にとってかなり支配的に働くであろう要素だ。作者はこれすらも判断材料とならないように、無効化しているのである。



「自己の延長」としてではなく、真に他者を知ること。すなわち自分とは異なる価値観を持つ「他人」を、他人として知ること−−交流の原点であるその行為そのものがいかにドラマチックであるかを、本書は改めて気付かせてくれたように思えた。