えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

読了メモ

『容疑者xの献身』 (東野圭吾 文春文庫)
物理学者・湯川学が登場する『ガリレオ』シリーズの長編。2006年のミステリ関係の賞をまさに「総なめ」した傑作。


人間に対する愛・憎両面を併せ持つ東野圭吾。おそらく彼は場当たり的な感情に振り回されることを憎悪し、振り回される人を軽蔑している。その作品からは基本的に人というものに対するシニカルな視線が常に感じ取れる。ただし人の感情が理性によって一方向に統合され、揺るぎない「意志」として発現した時には無条件の敬意を払う。例え、それが社会的には悪とみなされる方向性…すなわち犯罪であったとしても。



東野ミステリの根幹はここだと思う。犯罪トリックとは捕まりたくない、自由でいたい、幸せになりたい、という感情の表れであり、謎の難解度・強度とはそれが場当たり的な感情ではなく、理性の力によって意志として集約されていることに他ならない。その謎を解くことはその意志と対決し、屈伏させることでもある。だからこそ、謎を解くことと、作劇上のカタルシが同期する。そして同時に一人の人間の意志が砕けたのを目撃する切なさを読後感として感じることができる。


そんな要素が最も端的に出た短編が『嘘をもう一つだけ』だと思っている。この作品に登場する加賀刑事は他人を思いやれる優しい人間である。そしてだからこそ、犯人の気持ちを思いやり、その思考に至ることができる。そして刑事として、その「幸せになりたい」という意志を挫くことができる。恐らくはその優しさ故に心を痛めながら。このパラドックスがなんとも切ない。