えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

『天使のナイフ』(薬丸岳)

かつて未成年に妻を殺され、残された一人娘を懸命に育てることで日々を乗り越えてきた主人公が、釈放された少年たちが次々と殺される事件によって再び過去との対峙を迫られるという物語。少年犯罪の法的な扱いの是非が大きなテーマとなって、被害者としての主人公の苦悩と共に語られる。


冒頭の主人公の幼い愛娘の描写で、読者を一気に主人公と同じ心理点に立たせる筆致が見事。他にも電車で騒ぐ学生とそれをみつめる主人公の描写から、親という立場での社会への不安を共感させるなど、全体を通じて登場人物と視点を共有させるためのさりげない描写が巧みだと思いました。そこに共感があるからこそ、主人公の事件の真相を知りたいという想いと行動の行方は、そのまま読み手にページをめくらせる牽引力となります。最後まで熱中して読むことができました。


蛇足として加えるなら、その巧みな人間描写と少年犯罪というテーマにも踏み込んで取り組んでいることが、ミステリーというジャンルとしての作り込みとの間に齟齬を生じさせているようにも思え、終盤はそれが少し気になりました。つまり


・日常感覚と地続きで共感し得る厚みを持った人間像
・社会性を持ったテーマ

   と
・ミステリー読者を楽しませる意表をついた真相や展開


この両者から感じ取れるリアリティーのレベルがチグハグなのです。「社会派」のドラマに「新本格」のようなトリッキーさを組み合わせてしまい、しかも両方が一定以上の高いレベルだったが故に齟齬が生じてしまった例と言いましょうか。やっぱり、「あっと驚く真相」を目指してミステリーとしてトリックや動機の連鎖を作り込んでしまうと、「名探偵」のようなキャラクタライズされた人物の方がストーリーに馴染み易いのかもしれないですね。


珍しく「この作者のミステリーじゃない作品も読んでみたいなぁ」という気にさせられました。