えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。


昨日、地元の三国志仲間に「後藤真希って整形したの?」って訊かれた。どうも先日の『食わず嫌い』を見たらしい。言っておくが相手はよく一緒に飲みに行く気のいい友人である。こんな、ハロプロに対して悪意もなければ、さして興味もない人間にまで整形だとわかる顔をごっちんが全国ネットで晒しているのかと思うと、情けないやら哀しいやらで気分が沈んでしまった。
後藤真希」といえば我らがヒーローだったハズなのに。とりあえずその場では「最近は大人っぽい曲を歌ってるからイメージチェンジしたのかもね、ハハ…」みたいな返事しかできなかった。すんません、今の僕の精一杯です、コレ。



そもそも目なんかイジらなくてもごっちんはすごく可愛かった。そしてそれだけでなくてごっちんの可愛さってのはカッコ良くすらあった。ごっちんは鼻が大きくて、目が離れているという、それまでの「かわいい顔」の類型に当てはまらない顔立ちで、ギリギリのバランスで「可愛い」を成立させていた。世間の「可愛い」の概念(=男の願望やメディアによって作り出された価値基準)に合わせたものではない可愛さ。それは既存の価値観とは異なる価値を主張するということであり、何にも従属せずに、自分の価値を示すということでもある。大げさに言えば新しい時代を拓いたのだと言ってもいい。だからこそごっちんの可愛さはカッコ良かったし、男の視線という鋳型に自分を押し込んでゆく種類のアイドルよりも、ずっと同性からの支持もあったんだと思う。


少なくとも、私はそう感じていた。
そういう幻想が消え去ったことが、今は無念でならない。