えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。

履修漏れ

私が通っていた高校は府下有数の進学校でした。創立は古くとも進学校としての体裁は新興に属し、老舗のライバル校と年々有名大学合格者数を競っていたその状況は学校側に相当なプレッシャーを与えていたと思います。だけど、履修に関する不正はありませんでした。というか仏教系の学校なので余計な行事や「宗教」なんて学科すらあった(w 3年になっても文化祭では居残って出し物作ってたしなー。


通学時は防止着用が義務、月に1回は服装検査。通っていた当時は、生徒に雑多な校則を押し付けるその校風が好きではなかったのだけれど、生徒に規則を課す学校側もまた自らきちんと規則を守っていたのだと思うと、そういう学校を卒業したことに少し誇らしい気持ちすら湧きます。自分は筋の通った社会、筋の通った大人の中で育ってきたんだなって。


「誇らしいて、そんなんただ普通に規則を守っただけやん」
うん、確かにその通りで、別にたいしたことじゃありません。だけど、こういう「些細な誇り」というものを育むことができたかどうかというのは、それはもしかしたら大学に合格できるかどうかよりもよほどその人の人生を左右するんじゃないかって気がするんです。


ネットの論調ではこのまま履修漏れを不問にしたら、「やったもん勝ち」となってしまうと批難する声が大きいようです。しかし私にはこのような手段で進学した人たちが「勝ち」だとはどうしても思えません。


むしろ違反行為であるという自覚があったにしろ、なかったにしろ
それが今後見過ごされるにしろ、されないにしろ
履修漏れとなった生徒と卒業生の方々には同情を感じてしまうのです。