えだは

モー神通信のTKです。ほんばんは。http://www.geocities.jp/tkmoshin/

新垣里沙(前編) 苦労人が語るプラチナ期の幕開け


>ある時、受け入れられていないことが明らかに分かるライブを両親が観に来てしまう機会があって、
終わった後に2人と話して“もう辞めよう”と決めたこともありました。


このあたりの記述など、最近ファンになった方には「そんなことあったの!?」となかなか驚きの内容だったようです。私は彼女に対するブーイングや野次を実際に現場で見聞きしたことはありませんでしたが、MCでの挨拶の際に新垣さんの出番だけ明らかに声援が少なかったりするのは感じていました。


彼女のコネ加入疑惑を本気で信じていた人がどれくらいいたかは不明ですが、彼女のルックスが当時のモーヲタの嗜好と合わなかったというのもあるのでしょう。というのも、ロコドルやスクール経験者が加入してくるのが当たり前となった現在とは異なり、当時のモーニング娘。は「昨日まで素人だった子がオーディションを経て入って来る」というのが特徴であったのに対し、彼女のルックスはどこか子役然としていたからです。まぁ、実際に子供モデルとして活動していたわけですから、子役然としているのも当然と言えば当然でしたが。かく言う私も最初は「苦手なタイプの顔だな…」なんて思っていたものでした。


まぁ3ヶ月もしないうちにこんな有様でしたが



それよりは、昔からのファンにとってはこうした当時のエピソードを新垣さんが語ったことの方が驚きではありましたね。

モーニング娘。ミュージカル『ファラオの墓〜蛇王・スネフェル〜』

モーニング娘。はほぼ毎年6月に舞台をしていますが、今年は昨年上演した『ファラオの墓』の改変・再演という珍しいスタイル。昨年はスネフェルとサリオキスの2人が主役でダブルキャストとなっていましたが、今年は石田さんが演じるスネフェルを主軸とした物語となっています。大きな変化としてはスネフェルの母親であるメリエト皇太后が登場人物に加わり、スネフェルの物語に多重性を加えていたことでしょうか。その分、サリオキスとアンケスエン姫のロマンスは割愛され、よりスネフェルが主役であることが明確になっていました。


少し興味深いなと思った改変ポイントが、サリオキスに関して「瞳がきれい」というやり取りがなくなっていたことですね。ストーリー的には王道の貴種流離譚なわけで、どうしてもサリオキスに重心が傾きがちなわけじゃないですか。それをスネフェル側に引き寄せなければならない。だからサリオキスから主役性を剥奪するために「瞳がきれい」をなくしているんですね。たったそれだけで、彼の役柄としての格を下げ、アンケスエン姫との間にロマンスが生じないことも納得させるという。多少ルッキズムの問題はあるにせよ、原作が'70年代少女漫画であることを思えば、「瞳の中に描き込まれる星が少ないキャラは脇役」ということで、その世界観からすれば問答無用に説得力を持つわけです。最小の改変で最大効果を得ている改変ポイントだと感じました。


あと気になった改変はケス大臣がスネフェルに精神を侵す毒を盛っていたこと。スネフェルが狂気に堕ちて行くことに一応理屈付けしてるのかなと。


全体としてはサリオキス側にキャストがダブついている印象。尾形さんが抜けたんだし、あのあたりの登場人物はもうちょと整理しても良かった気がしますね。



去年もその狂気溢れる怪演が好評価を得ていた石田スネフェルは、母親との関係性描写から役が深まり、それに合わせて石田さんの演技もさらに深化! 特に小田・ナイルキアとのクライマックスシーンは圧巻。


小田ナイルキアは初々しさこそ野中キアに一歩譲るものの、相手に恋してからの情感演技に関してはさすがの“人生何週目”かの小田氏。特に裁判のシーンではナイルキアは舞台中央に前を向いて無反応に立ってるだけでその後ろで状況が展開していくわけですが、その無表情の表情の段階で役に入り込んでいってるのがわかるわけですよ。そしてあの涙の別れへ…。

和田彩花さん卒業発表

アンジュルムおよびハロプロのリーダー・和田彩花さんがblogで卒業を発表されました。
和田彩花blog あや著 みなさまへ


気持ちの籠った名文ながら、やはりその決断の前提にはファンには伝えることができないことも多く、受け取ったものが正しいという確証は得られず、少しモヤモヤとはします。特に感じるのはこの部分
>「アンジュルム」は、私がグループから抜けたとき(オリジナルメンバーがいなくなり)本当の意味でアンジュルムになると考える自分がいました。スマイレージからアンジュルムに改名した意味作用がここで働くのだと。
「意味」と言われても、どういう理由で改名したのかそもそもの所で私は未だに納得がいってないのです。


私はグル−プのために個人の人生の一部が犠牲になることが必ずしも間違っているとは思いません。それは例えば会社だって部活だって同じことですから。また一定の年齢でリタイアが推奨されることも一つの見識かとは思います。特にアイドルの場合、その特性上プライベートな領域での制約が多く、それが一般的な人生設計と干渉する場合も多いでしょうから。


ただそのグループの根幹に関わる問題(例えば改名)に関して、あまりにアンコトローラブルな状態であると、そこに人生をかけている人ほど、自身の尊厳が毀損されているように感じるのではないかと思うんです。大雑把に言って、コントラーブルな領域を広げていくことこそが、人にとっての成長であり、仕事におけるキャリアアップというものですから。それを突然否定されるのは辛く悔しいことでしょう。突如突き付けられた路線変更が納得できるものであったならまだしも、どうにも飲み込み難い理不尽に思えるものであった場合、その置かれている状況やグループに身を捧げて邁進することは非常に難しいだろうと思うのです。


本来的には、私はグループを率いるメンバーには30歳になってもアイドルグループの一員でいて欲しいのです。かつて中澤さんが卒業を決めた時にも、道重さんが卒業を発表した時にも、嗣永さんが旅立った時にもそう思っていました。ただスマイレージからアンジュルムへ改名したこと。それをオリジナルメンバーの発案とされたこと。ハロプロリーダーの立場から眺めたカントリー・ガールズへの不可解な施策。そういったことが相次ぎ、それに翻弄されるメンバーを先輩という立場でケアする状況の中で、それでも和田さんに30歳まで続けて欲しいとは言えません。そういった状況の中での、これまでのグループへの貢献に、そしてまだ一年そのために力を尽くしてくれることに、むしろ感謝し、ただただ頭が下がる想いなのです。


もしかしたら、私自身がハロプロに対し理不尽だと感じたいくつかのことへの恨み言を和田さんの心情に仮託しているだけかもしれませんが、それが今の私の正直な感想です。